▼刑法理論における「相当因果関係説の危機」

query_builder 2025/10/07
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刑法理論における「相当因果関係説の危機」とは、伝統的な通説であった相当因果関係説(結果発生が、行為からみて経験上予測しうる、すなわち相当な場合に因果関係を肯定する見解)が、特に平成以降の最高裁判例(例:大阪南港事件など)や学説からの批判によって、その地位が揺らぎ、再検討を迫られている状況を指します。

主な問題点や批判、それによって生じた学説の動向は以下の通りです。


相当因果関係説への主な批判

「相当性」判断基準の不明確さ・多義性: 行為と結果を結ぶ具体的な因果経過(狭義の相当性)に関する判断基準や判断方法が不明確であるとの批判があります。

特に、行為後に第三者の行為や異常な事情が介在した場合に、どこまでを「相当」とみるかの線引きが難しいとされます。

規範的判断としての側面への注目: 因果関係の判断が、単なる事実的な「予見可能性」や「通常性」の判断に留まらず、行為者に結果を法的に帰属させるべきかという規範的な判断の側面を持つことが認識されるようになり、事実判断に傾きがちであった相当因果関係説では対応しきれないという問題意識が生まれました。

判例の動向との不整合: 最高裁判例の中には、従来の相当因果関係説の枠組みだけでは説明しにくい事案や判断(「危険の現実化」という考え方を基礎にしているとされるもの)が出てきたことが、「危機」の大きな契機となりました。


危機への対応と学説の動向

相当因果関係説の危機を受け、刑法学における因果関係論は活発な議論の対象となり、新たな見解が台頭しています。


危険の現実化説(危険帰属論)の台頭: 相当因果関係説に代わる判断枠組みとして、行為が有していた危険が具体的な結果として現実化した場合に因果関係(法的な結果の帰属)を肯定するという考え方が有力になっています。

この見解は、近時の最高裁判例の判断基準を基礎づけるものとしても注目されています。


客観的帰属論(ドイツ刑法学の影響): ドイツ刑法学で通説化している客観的帰属の理論が紹介され、日本の議論にも大きな影響を与えています。

これは、行為が「法的に不許容な危険を創出し、その危険が結果として現実化したか」という規範的な視点から結果の帰属を判断する考え方です。


相当因果関係説の再構成: 相当因果関係説の支持者も、批判を踏まえて、その判断構造の明確化や、規範的な側面の取り込みを図るなど、説の再構成を試みています。


このように、「相当因果関係説の危機」は、刑法における因果関係(より正確には「結果の帰属」)の判断が、事実的因果関係の有無だけでなく、規範的な帰属判断の側面を持つことを明らかにし、議論を深める大きな転換点となりました。

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